第2節 個々の能率と全体の能率



能率の一般的な考え方を前節で述べた。これを具体的に工場にあてはめる前に、次の1つの例について考えてみよう。

毎秋、当社でもおこなわれるボートレースは、能率について考えるのに非常に興味深い例である。たとえば、エイトは8人のこぎ手の息がぴったり合って初めて、すばらしいスピードが出し得る。大体のピッチは40〜50(1分間にこぐ数)であるが、これをコックスの合図に合わせてしっかり守る。したがって.ボートレースはどれだけ8人のバランスがとれているかの優劣を争っているとも言えよう。 ところで、もし、8人の中の1人が「自分は力も強いし技もうまい。だからビッチ60でこいでやる」と言って、自分だけより速くこいだらどうなるだろう。前後の人とオールがぶつかるし、左右のバランスがくずれて、舟は蛇行をはじめる。よりスピードをあげるつもりだったのが結果としてはバランスをくずし、かえって遅くなってしまう。 言いかえると、8人で舟を前進させようとする力の合計は、ちょっとふえたが、効率がうんと落ちるわけである。まして8人がバラバラに全力をあげてこいだら、もはやポートは進まない。だからポート競技では全員がしっかりピッチを守ってこぐことが、一番効率のよいやり方であり、1人だけ速いことは、一人だけ遅いことと同じくらい悪いことなのである。

現場における生産の仕組みも、ボートレースと大変似かよったものがある。ピッチとは生産タク卜のことであり、これを守って生産していくことが全体の能率を高めていく。

タクトを無視して、ある作業者なり、あるラインがスピードを上げて生産をすると、個々の計算上の能率は向上しても、全体の能率は落ちてしまう。

これを具体的に工場に当てはめて考えてみよう。

工場を構成する最小の単位は一人一人の作業者であり、1台の設備である。

これが一つの部品なり工程を中心にまとめられ、ラインができている。 さらに、ラインが何本か集まり、また、これをとりまく運搬・検査・保全といった部門および工務やスタッフによって、1つの工場が成立する。

原価低減を目標として能率を考える場合、このすべてのレベルで能率向上をはかる必要がある。というのは、現場においては一人一人の作業者も一つ一つの工程も、すべて前後左右に密接に関連づけされており、単独に存在するものはほとんどないからである。したがって、ある人の作業のやり方は他の人に影響をおよぼし、あるラインの造り方が、前後工程や運搬作業のやり方を規制することが多い。

ムダを発見して、これを排除しようと原因追及をすると、前工程や後工程や運搬工程の問題にたどりつくことが意外に多い。このことは自分(あるいは自工程)のみでなく、前後工程が能率のよしあしに、かなりの影響力を有していることを示している。

能率向上が原価低減に結びつくためには、この意味から言っても、すべてのレベルで効率のよいやり方がなされなくてはならない。

この節では、各レベルにおける能率向上の考え方についてふれたい。

2−1 一人一人の作業の能率

この段階で大切なのは「付加価値率」の考え方である。

すなわち、作業者がおこなっている作業の中で、付加価値を高めるための作業の比率がどれくらいか、ということで、それが大きいほど能率は高い。

たとえば、品物を積み替えたり、包装をといたり、包装紙をたたんだりする作業は、本来、必要なものではない。これらを省いて、本当に必要な仕事だけを集めることによって、1サイクルの作業の中で付加価値を高める仕事の比率はふえてくる。この項に関連したものとして、トヨタ式生産システムでは、次のような考え方をしている。

2−l−1 動くと働く

日本人は欧米人に比較して、とにかく小マメによ動く。しかも、労働生産性は日本のほうが劣るとしばしば言われる。

これは、よく動いているが働いていない。すなわち、ムダが多くて労力の効率が悪いということを意味していると言えよう。

たとえば、われわれは1日実働7時間30分の生産活動の中で動いている(勤めている)が、働きになっていない時間が意外に多い。

トヨタ式生産ステムでは、本当に工程が進み仕事ができ上がって(付加価値が高まって)いったとき、はじめて働いたと言っている。働きは動きに人間の知恵がついており、また、監督者の知恵が部下につけられているといってもよい。

それに反して、省いても何の支障もきたさない作業は(付加価値を高めない作業は)働いたとは言えず、動いたということになる。

2-1-2 労働密度

皆で動きを働きに転化させる努力をすることが大切であり、転化させることが工数低減に結びつくことになる。

労働密度を、トヨタ式生産システムにおいては(労働/労動)と考えており、これが高いということは、作業者の出すエネルギーを本当に必要な仕事に多くふり向けている、ということで望ましいことである。

この言葉は、実際に工数低減をおこなっていく上で、何を重点にすればよいかについて、わかりやすい例なのでここにあけておく。

2-1-3 自動化と自働化

自動化された機械は人がいなくても動く。しかし、動くことと同様に大切なことは、異常があった場合に止まることである。

止まらない機械は不良品を続けて造り出すし、また、空打ちや異物混入で故障する可能性が大きい。だから、どうしても見張り番を置かなくてはならない。この見張り番は、何ら付加価値を高める作業をしていない。

トヨタ式生産システムでは、ただ動くだけの機械(自動機)と自動停止つきの機械(自働機)をはっきり分けて考えている。これは、佐吉翁の自働織機発明以来、伝統的に受けつがれてきた自働化の精神である。

自働化をめざし高い金をかけたということは、それに見うだけのお返し(工数低減)がなければならない。それだけに自動化に終わってしまっては困るのである。改良に改良を重ね、自働化にもっていけるよう努力しなければならない。

なお、自働化は人の知恵(ニンベン)がついており、自動化は人(ニンベン)がないから見張り番がいると覚えればよい。

また、これらの考え方をさらに広範囲に解釈して、手作業の多い、たとえは組立コンベアについても、自働化はおこなわれなければらない。この場合の「自」は作業者自身の自であって、自分のおこなっている作業で「これはいけない」あるいは「不良である」と思った場合、作業者自身にコンベアを停止させることである。極端なことをいうと、作業者一人一人がラインのストップスイッチを持っており、少しでもおかしいと思えばすぐにラインを止める。 不良品、不合格品を造ることは仕事をしたことにならない。すなわち、働いたことにならないということも、もう一つの自働化の考えである。
2−2 ライン作業の能率

この段階で大切なのは、次の2つである。

2−2−1 作業者間のバランス

これは、言いかえれば、タクトどおりの生産をおこない、造りすぎをしないことである。

ある作業者が自分だけの高能率を目指して早く作ると、次工程の作業者の前に品物がたまり、これを片づける作業がふえてしまう。

しかも、気持ちはあせり、仕損じがふえることもある。これではライン全体で見た場合、かえって能率か落ちる。

一般に数人で順に作業をしているところは、かならずネックになる作業工程があり、これがラインの能力となっている。ライン全体の能率を向上させるためには、このネック工程の作業者を助けなけれはいけないが、実際には、早くできる人はどんどんものを造ってしまうので、ネック工程の前にものがたまる。

これではかえって足を引っばって、能率を落としているようなものである。これを防ぐためには、標準作業をはっきり決めることによって、標準手持ち、タクト、作業順序を守らせ、それによって手待ちができるから、編成がえをおこなって、バランスをとらなければならない。

プレスのように並んで作業をするものは、手元に部品が1つきたら、コンベアを止めるような工夫をすることも必要である。

2−2−2 相互の助け合い(水泳と陸上のリレー)

前記のやり方で、作業者間のバランスをとっても、まったく完全にはできないことが多い。数人でやるライン作業には、小さなアンバランスはつきものである。この場合、早く終わった方が遅い方を少し応援することによって、ライン全体の能率を向上させることが可能となる。工程の割りふりはおこなっても、その境目は相互に助け合えるようにすることが望ましい。

たとえば、前工程がちょっと早く終わったら、製品を次の第1工程の治具にはめてやるようなやり方を工夫するとよい。

なお、この考え方については、水泳と陸上競技リレーのパトンタッチのやり方が参考となるので紹介しておく。

水泳におけるリレーでは、第1泳者がプールサイドにタッチしてから、第2泳者が飛び込む。これに対し、陸上競技では20mのバトンタッチゾーンがあり、この中のどこでバトンを手渡してもよい。

したがって、水泳の場合は早い人も遅い人も100mずつ受持つのに対し、陸上の場合は、速い人に120m走らせ、遅い人lこ80m走らせるといった“作戦”が可能となる。

現場の仕事の場合は、陸上のリレーでなければいけない。監督者はラインの能率向上のために“作戦”をたてることができるよう、バトンタッチゾーンを作っておくことが望ましい。

2−3 工場全体の能率

作業者一人一人の能率に非常に力を入れている会社で、工場全休の能率が上がっていない例をときどき見受ける。作業者の手作業がすばらしく早いのに、工場の中には在庫が山となって、これを片付ける人が多く、全休として原価低減どころか原価アップとなっているのである。

これは、生産性というものを個人の作業速度だけに限って当てはめてしまって、全体を考えていないからである。

作業者の能率、ラインの能率と同様、または、それ以上に工場全体の能率は、原価に与える影響が大きい。だから、能率向上は工場全体のレベルで、もっとも優先しておこなう必要がある。工場全体の能率向上を遂行するためには、あるルールが必要である。なぜなら、これは一人の監督者やスタッフだけでできることではないからである。全員が同じ方向に向かって進むために、考え方の基準が必要となってくる。その基準とは、トヨタ式生産システムにおいては「平準化生産」である。

2−3−1 平準化生産

一般にいう現場は、製品の流れ方がばらつけぱぱらっくほどムダが発生する。それは、設備・人・在庫・その他生産に必要なビークに合わせて準備されるためである。

諸要素が、かならずピークにあわせて準備されるためである。

したがって、どの工程にせよ歩調を乱すような造り方をすれば、ムダか発生し、能率は低下し、それはそれだけの問題に止まらず、前後工程、とりわけ前工程に重大な影響をおよぼす。

わかりやすい例で説明すると、最終組立ラインが自工程の能率ということで、今日はセダン、明日はハードトップ、明後日はバンといった流し方をしたらどうだろう。

セダンの仕事をやっている前工程のラインは、今日は仕事にありついたが、ハードトップの部品ラインは、それぞれ明日、明後日になるまで仕事がない。仕方なく在庫をもって、毎日毎日仕事があるように計画を組み直すとしても、毎日平均して組立ラインが組んでくる場合の少なくとも3倍〜4倍の在庫を必要とする。

こんなことでは能率の向上など思いもよらない。平準化生産というのはこの意味のことである。平準化には、品物の種類のばらつきと、量のぱらつきをなくすることの他に、運搬のロットを小さくし、ばらつきを、なくすことも含まれる。

2−3−2 小ロット生産

自動車の製造工程は、鋳物・鍛造・プレスなどの粗形材・機械・溶接など中間加工・塗装・組立など最終工程にいたるまで多くの工程がある。これらすべての工程を包含して、平準化がどこまで達成できるかということは、工場全体の能率をどこまで向上させうるかということに他ならない。

とりわけ、鋳物(ダイキャスト)・鍛造・プレス・熱処理工程は、ロット生産をよぎなくされており、平準化にはもっとも力を入れていかなければならない工程にもかかわらず、従来から別問題として扱われてきたケースが多い。

すなわち、ロット生産部品はSPH(時間当たり生産量)とか、段取り作業時間などにとらわれすぎて、ロットを大きくすることが、あたかも能率の向上につながると、判断していたのである。

前にも説明したように、ロットを大きくすることは前後の工程(この場合はロット生産でない工程)を混乱させ、過大な在庫と数多くのムダを発生させているのである。

したがって、ロット生産部品においては、なおさらのこと、ロットを小さくし、平準化生産に努力していかなければならないのである。