【戦後の章】

 
戦争が始まり、思いもかけない降伏という形で
終わりを告げた昭和十六〜二十年、そして
その後の数年で日本は急変します。
逢妻の村々も例外でなく、貧しいけれど
自然とともに流れるように過ごしてきた
日々が確実に変わってゆきました。
ただでさえ少なかった生活物資は、目にみえて
姿を消し、特に衣 食は困窮を極め、その日ぐらし
とか、家族が食べていくのがやっとというような
ありさまでした。

「戦争のことはよく解らないけれど、
負けたんだよね?」
「負けた。負けるはずがないと言われ、
どんな状況でもきっと神風が吹くと教え
られてきた日本が負けた…… 
 昭和二十年八月十五日天皇元帥陛下の
”堪ヘ難キヲ堪ヘ 忍ビ難キヲ忍ビ 以テ
萬世ノ為太平ヲ開カント欲ス……“
 ラジオから、あのお言葉を聞いた者は
一生忘れられんだろうなぁ。
ポツダム宣言を受諾して無条件降伏する
ことだと説明され、誰もが正座したまま
声もなく泣いた。
 アメリカ軍が進駐してくれば、日本の男の人は皆殺しにあうとか、女の人はアメリカへ
連れていかれてしまうとか、色んなデマがとびかい、おそがくて身も振るったもんだった。
みんなで山の奥へ隠れようと本気で囁かれたりもした。
 それでも人間って強いもんだぞん。先の見えない絶望に泣くだけ泣き、身を振るった恐
ろしさも底までくると、今度はその底から這い上がることを考えた。
明日から生きるにはどうすればいいか、食べる物はどうすればいいのか、それだけを考え
ていた。
 伊保原の飛行場で、二枚翼飛行機の解体があるらしいと聞けば、ベアリングなど金目
の物が売れるかもしれないと、部品の散らばっている所へコッソリ拾いに行ったり、
一日で10円と米一合の報酬があると聞けば、あんなに怖がっていた進駐軍の基地へも
勤労奉仕に出かけて行ったりもした」



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