学ぶこと

 
 「そんなに勉強しなかったの いいなぁ…
でも勉強が遅れるって心配じゃなかった?」
 「あの頃はわしらみたいに遊べる子は、
ほんの わずかだったかもしれない。
たいていの農家の子は弟、妹の子守りや
親の手伝いで一日は過ぎていった。
 だから遊びはもちろん学校へ通うことさえ、
ままならなかったと思うよ。            
  あんねん 勉強できることがどんなに
恵まれて幸せなことだか後になって
わかるぞん。
 わしらの頃は小清水小学校は挙母第三
尋常小学校といわれていて、上級生が
先頭になって分団編成の列をしっかり  
組んで登校したもんだ。
 先生は銀縁の眼鏡で口ひげをはやし、  
 おもむろに懐中時計を取り出しては磨 
いておった。ちょっとむだ話しでもし

ようものなら、すぐにチョークが飛ん
できておそがかったぞん。
わしらもわざと雪道を凍らせて、先生
を転ばせて仕返しをしたから、まぁ
 おあいこじゃ。ウッフッフ……」

 当時、教科書は今のように支給されるものではなく、家で買わねばならなかったので、
兄弟姉妹が多い家の子は2〜3人が使ったお古の教科書を使うのが普通のことでした。
落書きはしてある、手垢はついている、紙はかすれて破れかかっているような本もあった
と思われます。
新入学や進級の時に着る服だってダブダブのおさがりというのは当たり前のことでした。

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