![]() 街道沿い の家の縁側から、手を上げてもバスは停車してくれたと いいます。 代官坂を西に下ってゆくと左側に永田謙吉さん家、公 会堂、永田綱次郎さん家、そして傘も作っていた平野 自転車屋さん、部落で唯一の雑貨店だった紋悦さんと続 き、その先に馬頭観世音堂と常夜灯が、村の番をする ようにひっそりと佇んでいました。 街道の右側は石川与津五郎さん家、馬で瀬戸まで米を 運んでいた大沢隆蔵さん、続いて酒も扱っていた魚孫 さん、少し奥まった家が篠田寿三郎さん、永田藤一さ ん、 代官屋敷跡には永田良一さん、その下は池になり、 きわに永田錬吉さん家がありました。 民家が途切れた向こうにはずーと田んぼが広がり、 その後方に逢妻女川が見えます。 女川に架かっている木橋を渡ると駐在所、 農業用の倉庫が軒を並べ、川沿いの道は 山之神へ通じていました。 ![]() その道に少し離れて平行するように、紋悦さん の前から瀬戸への街道が延びていました。 瀬戸街道は途中、藤五林の五軒部落があり ましたが、稲葉山が行く手に立ちふさがり、 どこまでも黒々と桑畑が続く淋しい街道でした。 逢妻女川に架かる名もない橋に立ち寄りました。 気まぐれがふと頭をもたげた、しめやかな五月雨 の午後でした。 女川の流れに逆らって、思いを上に馳せると 右前方に猿投山の霊峰が見えます。 黒いまでの緑を押し包むなだらかな稜線の、 所々にかすみのような雲が湧き出て、 遠の景色をなし、その左端を遮るように お天王さんの杜が、宮口神社の杜が深い緑で、 近の景色をなしていました。そして、眼下は 思い切り広げた両の手の先から先まで、 見渡す限り田植えの終わった若緑の海です。 やがて月のわずかな流れが、若緑だけを黄金色の豊穣な海へと、色直ししてゆくことでしょう。 |