農業
「ねえ おじいちゃん コンバインのような機械がなかったころは、お米を作るのも大変だ
ったと思うけど……」 「ほだなぁ わしらの子供のころは、殆どの家が農業で生活をしとったから、米 麦 大豆 を作り、農作の間に蚕を飼って、さらに暇をみつけては、みがき砂の運搬をして一年中休 むことなく、働き回っておったのう”仕事の手早い女の人が最高の嫁“とか”朝仕事 昼 は働き 夜は夜なべ“という言葉があるくらいだよ」 「なんだか 辛い言葉ね……」 「農作業はすべてと言っていいほど手作業だったのう。固く固まった土を掘り起こすこと から始まり、粗土を何度も打ち砕いて細かく平らにしていく。 毎日が土塊との闘いじゃっ たから、牛馬の力は有り難かったぞん。牛馬の有無は働き手の苦楽だけでなく、収穫の良 し悪しをも左右するといわれた。 牛馬に鋤を付けて前進させるのは容易ではなかったけん ど、鋤き残しのないよう操れるようになると『おんしも一人前』と認められたもんだ。 そりゃ家族同様に牛馬の世話をしたっけ……。 いや何事においても人間様の方が後回し だったかなぁ」 米作りは一番大事な仕事でした 【春 水温むころ】 田植えの準備は株切りに始まり 一番耕し 二番耕し、三番耕しさらに、代かきと手を加 えます。畦ぬりも大事な作業で水田に張った 水が漏れないように、丁寧に練土を畦に塗っ てゆき、万全な田ごしらえをします。 種籾を発芽させ15pほど伸びた若苗を苗 代から取ってきて、平面になった水田に一株 一株定植していきます。 晴れた日でも泥水に足をとられ、自由がき かない田んぼです。雨降りが続くころの田植 えは湿めきった野良着は肌寒く、蓑笠を着け ての作業は、さぞ骨折りなことだったと思われます。 事実 母に叱られ 叱られ手伝ったけれど、一日で腰が砕けるほど痛かったと聞いていま す。 田植えの終わったあと 水田の畦道に大豆を蒔くのも、豆が水分を含み、早く発芽して、 根を張るという利点と、少しの空地も休耕させないという知恵ではないでしょうか。 【水喧嘩もあった?】 稲作の欠かせない水は、今でこそ愛知用水を利用して蛇口をひねれば思いのままですが、 当時は天からの恵みものと呑気にしてはおれませんでした。 各村ごとに灌漑用の溜め池を 作り、池水の開閉を管理する水役も決めて、お互い厳しい規則を守りながら水不足に備え ました。夏の日照りが続き、干ばつに見舞われそうになると池から水を引いてこなければ なりません。水栓を開けてもらい、水路を流れる水を見ながら細い畦道を走り、やっとの 思いで自分の田んぼまで戻ってくれば、途中で上方の田に水が引き込まれてしまって、水 がこない。様子を見に又、池までということの繰り返しでした。自分の田に満足に水が渡 るまで、夜中過ぎまで番をしたということです。 お互いに大事な水をめぐっての諍いもあったろうと思われます。 【夏 田の草とりはぬるま湯の中】 腰をかがめ頭を低く下げて、両手で左右の 泥土をかき混ぜながら、田んぼの中を移動し ます。土をさばくことによって、稲元や株間 の雑草が土から離れ浮いてくるのです。 容赦のない夏の太陽が背に焼き付き、無防 備な手足にはいつのまにかヒルがへばりつい て、血を吸われるやら、気味悪いやらで思わ ず悲鳴をあげたといいます。 一番除草 二番除草 中干しと終わるころ 水問題も一段落して 出穂期を迎えます。 【秋 稲刈りです】 サクサクサク サクサクサク…… 秋日和の十月半ば、見渡す限り黄金色の 波がゆれて、稲束を切る鎌の音が響きます。 早朝霜が降りていたり、薄氷が張っていて、 はだしの足を入れるのをためらい「身体を 動かせば 暖かくなる」と叱られながら、 しぶしぶ入った稲田でしたが、やがて秒を 刻む時計の音にも負けない、稲を刈る正確 なリズムは快く、刈り取った稲穂の匂いは やさしく鼻をくすぐります。 それらは半年の重労を忘れさせ実りの喜び を働く喜びを増幅させてくれます。 しかしホッとするのもつかの間、つるべ 落としの秋の日に急かされるように、米を 収穫する手間な作業は続きます。 *ハザ掛け…刈り取った稲束を天日干しにする。 *稲扱き…よく乾いた稲をしごいて籾と藁に分ける。 籾は家に運び、藁はスズミに組まれて田んぼで 保存する。 筵や米俵の大切な原料です。 *籾干し…籾を筵に広げ、天日で干し上げ、 ふるいにかけシイナなどを除く。 *籾摺り…玄米と籾殻に摺りわけ、籾殻は 唐蓑で吹き、もう一度玄米を選り分けて、 一粒の米も無駄にしない。 *俵結い…俵に玄米を詰め、土間に積み上 げて供出日を待つ。 なお二毛作を予定している農家は以上の ような作業に加えて稲の株切り、乾いた土 起こし、きざみ、ちらしなどの地ならしを して畝を切り麦田に形を整えてから、慌た だしく麦蒔きをするのです。 【冬 田んぼに人影はありません】 スズミが遠く近くに散在して、農閑期を代弁 する絵を成しています。冬の風物詩にもなって いるスズミの藁は夜なべ仕事に欠かせない大事 な素材でした。 夕飯が終わって、長いコードの電灯を土間まで 引っ張ってきて、夜なべ仕事は始まります。 仕事には分担があり、父親はスズミの藁で筵や 米俵を編み、子供たちは縄や刈り取った稲を縛 るスガイををなったり、わら草履を作ります。 そして母親は糸を紡ぎ、ハタ織りをして家族 の着物を仕立てるのです。 夜の土間は仕事場であり、一日の出来事を話 し合う一家団欒の場所でもありました。 「そんなあ 働いてばっかし……」 「ウッフッフッフ…… それは違うぞん。 いくら働きづめでも仕事を一つ一つ片づけてい くことが案外喜びだったかもしれん。『あー終わった』と肩からスーと力が抜けていくあ の瞬間の開放感はこたえられんかった。 例えば稲刈りが終わり、女川で汚れた顔や手足を洗い、みんな揃って輪になって座る。 お櫃のご飯、梅干し、大きく乱切りした大根漬け、野菜の煮物などを広げている母さんの 横で、父さんは川岸の雑木を削って即席の箸を作ってくれる。 どこまでも抜けるような青い空、刈りたての稲のほのかに甘い匂い、草の上にごろっと寝 転ろがってみりん。そりゃたまらんぞん。 それに池もみも楽しかったなぁ」 「池もみ? それってなに?」 「夏の日照りで池の水が減る時期に、池の鯉やフナを男の衆が捕り合う村の行事でのう。 池もみを知らせる張り紙が目につくようになると、今日はあっちの池、明日はこっちの池 とわしらは走り回ったもんだ。 消防団や青年団の若いもんが世話役をして 入場許可の札を配ってくれる。 賑やかしに勇ましいラッパも鳴っているし、 見物の女の人や子供は、歓声をあげて待っ とるから、池に入るもんも 気合が入ったぞん。 入池の合図にラッパが鳴ると、わしらは 水しぶきを上げて一斉に飛び込む。 素手で鯉を掴み取る。 あっちの方は大網で大漁にすくい上げる。 池の淵では、女の衆が籠、ザルをかざして 早く持ってこいと待ち構える。 頭から手足、着ている着物も泥だらけ…… そりゃもう 村中総出のお楽しみ会じゃった… 姿煮にされた鯉は大皿に盛られてお祭りの ご馳走になったぞん。 楽しかった。本当に楽しかっ.た」 |